法の下の平等という未完のプロジェクト
1968年、夏季オリンピック・メキシコシティー大会。陸上男子200メートルで優勝したトミー・スミス選手とともに3位の表彰台に上がったジョン・カーロス選手は人種隔離政策に抗議の意思を表すため、アメリカ国家が演奏されると、片手のこぶしを突き上げる、ブラックパワー・サリュートと呼ばれる姿勢をとりました。
キング牧師暗殺の後だっただけに、命がけの行動でした。
2位に入ったピーター・ノーマン選手は、母国オーストラリアでの白豪主義、つまり非白人排除政策に批判的でした。
二人から「人権を求めるオリンピックプロジェクト」と書かれた缶バッチを受け取り、胸につけてともに表彰台に登っていました。
このことが原因で、スミスとカーロスは帰国後も仕事につけず、ノーマンはオーストラリア陸上界から冷遇されます。
2005年のことです。スミスとカーロスの母校である、サンノゼ州立大学で、銅像が建てられました。
表彰台でブラックパワー・サリュートをしている二人の姿が描かれた像です。
しかし、2位の表彰台にはノーマンの像は作られませんでした。これはノーマンの意思によるもので、ノーマンの願いが込められています。
2位の表彰台には、「ピーター・ノーマンはともに立った。どうかあなたもここに立ってほしい」と書かれています。
ノーマンは言っています。「誰だってここに立つことができる、そして誰もが、信じることのために立ち上がることができる。」
日本だけでなく世界的に排外主義的な傾向があるいま、人種差別に抗議して声を挙げた先人、声を挙げた人とともに立ち上がった先人が、真の「法の下の平等」を希求した歴史に思いをいたす必要があるように感じられます。
従来であれば不合理な差別とは認識されなかった事柄であっても、時代の変化とともに合理性が疑われるようになることは起こりえます。
時代とともに法の下の平等は創造されていくものです。
したがって、法の下の平等の保障を創造することは常に未完のプロジェクトといえます。
政治的課題として、このプロジェクトに挑戦し続けていきたいと思いますし、みなさんにも、ともに立っていただくことを願ってやみません。