表現の自由の問題が極めて重要な問題である理由。

 

本日、衆議院の憲法審査会が開催されました。

中身については海外出張に対する質疑でしたが、現場では従前から表現の自由の問題についても取り上げるべきだと主張しています。

この機会に、そもそも表現の自由がなんで大事なのかということについてご理解いただきたいなと思います。

よく、基本的人権を尊重するとか個人の尊厳という言葉があります。

人権を尊重するとはどういうことでしょうか?

つまり、個人の人権と言った時に、その人を物理的に大事にしてあげるということではなくて、人格を尊重するということではないかと思いますが、その人の人格というのは思想良心、そういったものに表れる、あるいは思想良心が人格そのものであると言っても過言ではないかもしれません。

心の中で思ってることは、どうしても人間は表現することによって相手に理解してもらうこともありますし、たとえ死刑にすること言われても「それでも地球は回るんだ」とか言いたいことはあるわけですから、まさにそういった個人の自己実現というのがひとつの表現の自由の価値だと思います。

もうひとつが国民の自己統治という言い方をすることもあります。

その中で特に他の人権、経済的自由や人身の自由など、いろんな人権がありますけれども、こういった人権に比べても表現の自由が極めて大事だという風に憲法を勉強してる人たちは理解してます。

というのも、他の人権に行き過ぎがあったケース、例えば経済的自由を規制する法律を作ったとします。

これが行き過ぎじゃないか、あるいは憲法違反じゃないかっていう疑いがあった時にも、表現の自由さえ保障されていれば、おかしいじゃないかと言うことによって、これを是正することができますし、時としてはそんなおかしなことをする政権は替えちゃえということで、言論の中で政府を替えることも民主主義の社会ではできます。

しかし、表現の自由そのものが規制をされてしまうと、そういった是正手段そのものが失われてしまいますし、今回我々が問題としている表現の自由が萎縮してしまう、つまり本来べつに違法でもなんでもないようなことについても、言うと何かされるんじゃないかとか、それこそ補助金がカットされちゃうんじゃないかと萎縮してしまう。

そういったことがあると、まさに民主主義のプロセスそのものが破壊されてしまうということになりますので、表現の自由の問題については極めて重要な問題だということを是非ご理解いただきたいと思います。